烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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円政寺 高杉晋作・伊藤博文ゆかりの寺

 青木周弼旧宅の南側に円政寺の入口があります。

 建長6年(1254)に現在の山口市に創建された円政寺は大内氏の祈祷寺でしたが、毛利氏の統治が始まり萩に城が築かれると寺も移転し毛利家の祈祷寺となります。

 明治以降、神仏分離が行われますが、境内には金毘羅院という神社があります。神仏習合の目印として入口の鳥居の柱の上部がリングをはめた様な形状をしているそうです。これは数珠を表しているとの事でした。



Dsc_1795 Dsc_1799
入口の鳥居と本堂



 金毘羅院には大きな天狗面があり、近所に住んでいた高杉晋作は幼い頃よく家族に連れてこられ、度胸試しにお面を見せられたそうです。


 また、伊藤博文は母親が住職と従兄弟という関係から子供の頃に一年あまり寺に預けられています。



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金毘羅院と天狗のお面



 境内には木馬があり、高杉晋作も伊藤博文も、子供の頃にこの木馬の鼻を撫でたりして遊んだとの事です。


 金毘羅院の前の狛犬の台座には牡丹が掘られています。獅子と牡丹、いわゆる唐獅子牡丹は刺青の絵柄というイメージしかありませんでしたが、意味は百獣の王である獅子が恐るのは体毛に潜む小さな虫であり、それを退治する力のある牡丹を寝床とすることで安住の地を得るという事だそうです。



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唐獅子牡丹の狛犬と、高杉晋作や伊藤博文が遊んだ木馬



  山口県萩市南古萩町6

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| 幕末・明治維新 | 22:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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