烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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萩往還と夏木原の吉田松陰東送の碑

 萩往還は萩市から山口市を通って防府市に至る約53キロの道です。


 江戸時代に毛利氏が萩に城を構えると、参勤交代のために萩と山陽道を結ぶ重要な道として整備されました。


 急な坂や峠などの難所が多かったため、現在は廃道となった場所も多いそうですが、歴史の道として再整備された場所も何箇所かあります。



Dsc_1632 Dsc_1633
整備された萩往還の道



 涙松の紹介のときにふれましたが、安政の大獄により囚えられた吉田松陰も萩往還を通って江戸へ送られました。


 山口市との境界近くにある「21世紀の森キャンプ場」の入口付近は夏木原と呼ばれ、ここで松陰が詠んだ漢詩が残されています。現地に「吉田松陰東送の碑」が建立されています。なお、碑の揮毫は山口出身の故岸信介元首相によるものです。



現地の案内板には次のとおり説明されています。


江戸幕府により東送を命ぜられた先生は、安政6年(1859)5月25日、萩から江戸への途中一行と共に、萩往還に沿うこの地で、しばしの休息をとられた。そのときの感懐を、先生はこの漢詩(七言絶句)に託されたのであった。その意は、「私は幕府の命令で江戸に送られるが、自分の真意は天の神に正したらわかるはずである。自分は公明正大である。ここ夏木原では、五月雨がしとしとと降り、ほととぎすがしきりに鳴いている。ほととぎすは血を吐くまで鳴くと言うが、その血で、このあたりのさつきつつじも真紅に燃えている。自分の胸中もまた同じ思いがする。」と。わが国の現状を憂い、行く末を案ずる先生の心情がよくあらわされている。先生時に満28歳。



Dsc_1636 Dsc_1637
吉田松陰の碑と刻まれた漢詩



Dsc_1639
碑の設置されている公園




  山口県萩市佐々並(21世紀の森キャンプ場入口付近)

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| 幕末・明治維新 | 05:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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