烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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香山公園

 山口市で最も有名な観光名所とも言える香山公園です。


 瑠璃光寺の境内を公園として整備したもので国宝の五重塔を中心にした公園で、桜や梅の名所としても有名です。


 園内には倒幕の密議が行われた露山堂や枕流亭なども点在しています。



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香山公園の碑と国宝瑠璃光寺五重塔




 山口は室町時代に、ここを拠点に九州にかけて支配した大内氏が、京都に模して整備したため「西の京」と呼ばれました。


 大内氏は外国との貿易で富を蓄え、多くの文化人を庇護したため山口は大いに繁栄し、京都の北山文化や東山文化と大陸文化が融合した「大内文化」と呼ばれる独自の文化が生まれます。画聖・雪舟も山口に招かれ大内氏の庇護のもと、数々の作品を生み出しています。


 瑠璃光寺五重塔は大内文化を代表する建物で、室町時代、嘉吉2年(1442)頃の建立だそうです。


 瑠璃光寺香山公園には現在も多くの観光客が訪れ賑わっていますが、様々な文化人も訪れ往時を偲んでいます。明治から昭和にかけて活躍した歌人・若山牧水が五重塔をみて詠んだ歌の句碑もありました。




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五重塔(左)と雪舟の像(中)と若山牧水の歌碑(右)




 公園内の瑠璃光寺の前あたりに馬に跨がる大内弘世の像があります。


 大内弘世は大内家9代当主で、南北朝時代に当初は室町幕府側の北朝に属していましたが一族内の対立により南朝に帰順し、南朝から周防守護職に任じられます。その後、長門にも進出し防長両国の守護となり勢力を拡大しました。


 後に、二代将軍足利義詮の説得により防長両国の守護を認めることを条件に北朝に帰順。南朝の勢力を駆逐した功績により石見守護にも任じられます。


 山口に拠点を移したのも大内弘世で、大内文化の基礎を築いた人物です。




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大内弘世の像



                   
                
山口県山口市香山町7-1

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