烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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山上憶良が赴任した伯耆国庁跡と国庁裏神社

 倉吉市の伯耆国分寺跡や法華畑寺遺跡(国分尼寺)の近くには伯耆国庁跡もあります。
 国庁は奈良時代から平安時代にかけて存在した律令制下における国の役所です。
 国庁では中央から派遣された国司が行政や祭祀を司りました。伯耆国庁に派遣された人物の中には「万葉集」にも多くの歌を残している歌人・山上憶良もいます。山上憶良は霊亀2年(716)から数年間、伯耆守として赴任していますが、記録によると現在発見されている場所ではなく、その前にあった別の場所という事ですが場所は特定されていません。
 国庁跡は将来、公園として整備する計画があるそうですが、現在は空地や畑が広がり案内板のみが設置されています。




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伯耆国庁跡




 国庁跡の前にある森の中に「国庁裏神社」があります。伯耆国の総社です。
 総社とは国の祭祀を司る国司が各地にある神社を参拝するのが大変なため祭神を一つに合祀した神社です。




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国庁裏神社




伯耆国庁跡 鳥取県倉吉市国府・国分寺



国庁裏神社 鳥取県倉吉市国分寺



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