烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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円覚寺の塔頭

鎌倉五山の第二位である円覚寺の境内には沢山の塔頭があります。


                      
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円覚寺の現地案内図


 円覚寺の総門をくぐって、すぐ左手にある「桂昌院」は第四十九世承先道欽の塔頭で、本尊の矢柄地蔵は、宝鏡寺の地蔵堂から移されたものとされ、本堂は、かつて北鎌倉の十王堂橋にあった十王堂の木造十王像を移して祀り、十王堂または閻魔堂とも呼ばれています。




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桂昌院




「桂昌院」の隣りにある「松嶺院」は牡丹の名所として知られ、大正8年(1919)に有島武郎が小説「或る女」の後編をを執筆した所でもあります。また。境内墓所には有名人の墓が多く、作家の開高健、女優の田中絹代、俳優の佐田啓二、オウム事件で犠牲となった坂本弁護士一家のお墓があります。さらに読売新聞の社長で読売巨人軍の創設者でもあった正力松太郎の墓もあるそうです。正力松太郎は囲碁界においても 創設間もない「日本棋院」が、脱退したメンバーで造られた「棋正社」と対立した際に「院社対抗戦」を企画するなど大変関わり深い人物です。対抗戦ではかつて本因坊家継承を争った本因坊秀哉と雁金準一の対局が話題となり、読売新聞の売上げが一挙三倍に増えたそうです。なお、「松嶺院」は普段非公開で年に何回か拝観可能次期が設けられています。




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松嶺院




 如意庵は、第三十六世無礙妙謙の塔所で本尊は宝冠釈迦如来です。
   開基は初代関東管領の上杉憲顕で応安3年(1370)に創建されています。伊豆の国市にある国清寺がその前身であるといわれています。




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如意庵




神奈川県鎌倉市山ノ内409

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