烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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聖ザビエル記念公園

 フランシスコ・サビエルは天文十八年(1549)に、キリスト教を布教するために鹿児島に上陸し、当初、京都へ向かいますが戦乱で乱れていたため、天文二十年(1551)に政情の安定している山口を訪れ、大内義隆に布教の許しを願いでました。義隆は許可を与え、廃寺であった大道寺を宿舎として与えます。サビエルは毎日、大道寺から街に出て布教に当たっていたといわれています。したがって大道寺は日本で最初の教会と言われています。



 聖ザビエル記念公園は、大道寺のあった場所に造られた公園です。



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聖ザビエル記念公園




 ザビエルは山口を去った後を弟子トルレスらに託しました。その後大内義隆は陶晴賢の謀反により自害しました。陶晴賢は大友義鎮の弟をむかえ大内義長と名のらせて大内家を継がせます。
 公園には、大内義長がトルレスに寺院建立の許可を与えた書状を銅板にしてつくられた碑がありました。


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大内義長の裁許状の石碑




 公園の中央には銅でできたザビエルの肖像をはめ込んだ記念碑があります。大正15年に建立されましたが、第二次世界大戦で銅板が供出されます。


 そして、昭和24年にザビエルが訪れて400年目を記念して再建されています。 


 公園は住宅地の中にあり取材時も子供たちの遊び場となっていました。ちなみに、ザビエル記念聖堂は全く別の場所にあります。




Dsc_1579

聖サビエル記念碑




 山口県山口市金古曽町



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