烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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大阪城 天守閣

 大阪城は天下人となった豊臣秀吉が本拠地として天正13年(1585)に築城。秀吉の死後、その子・秀頼が入城しますが徳川家康に「大阪の陣」で攻められ落城。天守閣も焼失します。
 その後、大阪城は幕府直轄となり、二代将軍徳川秀忠により、寛永6年(1629)に再建されます。その規模は豊臣時代をはるかに凌ぐ規模だったそうです。その後、譜代大名が城代を務めてきましたが、天守閣は寛文5年(1665)に落雷により焼失。以後は天守を持たない城となります。幕末には、徳川家茂や徳川慶喜が居城しまうが慶喜は、「鳥羽・伏見の戦い」の敗北により江戸へ退却。大坂城は新政府軍に開け渡されます。
 その後、城内は軍の施設として使用されの太平洋戦争時は米軍の爆撃目標とされましたが、戦後に大阪城公園として整備されます。この時、市民の寄付により三度目の天守閣建設が行われ現在に至っています。

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天守閣



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入口付近から見上げた天守閣

 大阪城天守閣入口に大砲が設置されています。元は大阪の天保山砲台に設置されていたものを明治以降に大阪城へ設置したと伝えられています。
 明治3年(1870)からは時刻を知らせる号砲として大正時代まで活躍したそうです。

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天守閣入口

 現在の大阪城天守閣は、江戸時代の大坂城の天守台石垣に新たに鉄筋鉄骨コンクリートで基礎を固めた上に、鉄骨鉄筋コンクリート構造を用いて建築され、高さは54.8メートルになります。復興天守の中は博物館「大阪城天守閣」となっている。再建にあたり外観は初層から4層までは徳川時代を模した白漆喰壁とし、5層目は豊臣時代を模して黒漆に金箔で虎や鶴を描いて造られました。また、平成7年から二年かけて修繕工事が行われ5層目はより豊臣時代に近いデザインに変更されています。内部は博物館として使用されていて、平成9年には国の登録有形文化財に登録されています。

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8階展望台

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展望台から眺める眺望

大阪府大阪市中央区大阪城1−1

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