烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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鶴ヶ城(若松城)

 萩・山口を訪れた翌週に私は会津若松の地にいました。



 たまたま日程が重なって関東を離れて東西を駆け巡る事になったのですが、会津若松では今年のNHK大河ドラマ「八重の桜」の放送に合わせて(取材は昨年末です)観光に力を入れていました。



 写真は会津若松市のシンボルである鶴ヶ城(若松城)です。会津は戦国時代より、葦名・伊達・蒲生・上杉・保科・松平と数多くの大名が治め、幕末には戊辰戦争の激戦地となり「白虎隊」の悲劇が起こります。



 現在の天守閣は昭和40年に再建された鉄筋コンクリートの建物で、内部は博物館となっています。



 ところで、偶然なのですが萩の次に会津若松を訪れたことで戊辰戦争における勝者側と敗者側の歴史を同時に学ぶ事が出来たのは大変意義があったと思います。



 歴史は常に勝者側から描かれますが、同じ出来事でも立場が違うと別の面が見えてくるからです。



 萩市では昭和61年に戊辰戦争120年を記念して会津若松市に友好都市提携を持ちかけましたが、戊辰戦争では会津側の戦死者は老若男女を問わず賊軍として埋葬が許されず遺体が放置された事もあり時期尚早であるとして拒否されています。




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鶴ヶ城(若松城)天守閣(左)と蒲生時代の正門(右)




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天守閣内部の様子(左)と最上階から望む磐梯山(右)
           



福島県会津若松市追手町1-1



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| 幕末・明治維新 | 21:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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