烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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大阪歴史博物館 安井家のルーツ

 大阪歴史博物館の常設展示室に囲碁史にとっても興味深い展示物がありました。江戸時代の囲碁家元の一つ「安井家」のルーツが分かる文書が安井家の子孫より寄贈され展示されているのです。
 安井家初代の安井算哲の息子で初代天文方に就任した渋川春海(二代目安井算哲)が神道を学んだ京都の山崎闇斎を介して大阪の安井九兵衛家へ安井家の系図の調査を行ったやり取りの手紙が展示されています。安井九兵衛家とは初代算哲の叔父で安井道頓の跡を継ぎ大阪の道頓堀を造った安井道卜の家なのです。
 また、安井家の歴史を調査した渋川春海が作成した家系図も展示されています。

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コーナー

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書状

 安井氏は清和天皇の流れを汲む河内守護の畠山氏一族で、河内国渋川郡を領有し渋川氏を名乗ります。つまり、二代目安井算哲が渋川春海と名前を変えたのは先祖の姓に戻したという事なのです。その後、渋川氏は播磨国の安井郷に移封されたため、安井氏へと姓を変えます。数代後の安井定重の時に、先祖の居城であった河内国久宝寺城へ移り織田信長に誼を通じますが、信長と対立していた石山本願寺・一向一揆衆によって久宝寺城は陥落。定重も討ち死にします。この定重の弟・定次は信長、そして豊臣秀吉に仕えますが定次の息子が秀吉の命により道頓堀を開削した安井道頓だと言われています。
 また、安井定重にはもう一人の弟・定正がいて、その息子の一人が安井道卜といって道頓堀開削の道半ばで亡くなった道頓の跡を継ぎ堀を完成させた人物です。
 そして、安井道卜の甥こそが初代安井算哲なのです。

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渋川春海が作らせた家系図

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家系図の説明板


大阪歴史博物館:大阪市中央区大手前4丁目1-32

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