烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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大村益次郎殉難報国之碑

 国立病院機構大阪医療センターの東南角の上町交差点に「兵部大輔大村益次郎卿殉難報国之碑」があります。
 長州藩出身の大村は戊辰戦争において新政府軍を率いて旧幕府軍をせん滅。明治以降の軍の近代化に尽力し日本陸軍の創設者と言われています。はやくから徴兵制を主張しますが、その急激な改革は士族達の反感を買い、明治2年(1869)に、京都三条木屋町の旅館て襲撃され瀕死の重傷を負います。大村は大阪の「大阪病院」(源国立病院機構大阪医療センター)に運ばれオランダ人医師ボードウィンにより左大腿部切断手術を受けますが敗血症により容態が悪化し亡くなりました。
 碑は昭和16年に、大阪の軍・官・財界の関係者によって建てられましたが、日米開戦の年であることから士気を上げるために陸軍創設者の大村を讃えたのでしょう。



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兵部大輔大村益次郎殉難報国之碑



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大村益次郎のレリーフ


 碑建立の発起人の名前が塀に刻まれていますが、そうそうたるメンバーが名を連ねています。



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発起人1



松下幸之助(パナソニック創業者)、鴻池善右衛門(鴻池財閥当主)、小林一三(阪急電鉄、宝塚歌劇団等の阪急東宝グループ創業者)、江崎利一(江崎グリコ創業者)



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発起人2



林銑十郎(第33代内閣総理大臣)、東条英機(第40代内閣総理大臣)、鳥居信治郎(サントリー創業者)、緒方銈次郎(大村益次郎の師匠、緒方洪庵の孫)、種田虎雄(近鉄初代社長)




大阪市中央区法円坂2丁目1番

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