烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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会津武家屋敷~龍馬暗殺犯とされる佐々木只三郎の墓

 会津武家屋敷の一角に会津出身で京都見廻組の佐々木只三郎の墓がありました。


 佐々木は天保4年に会津藩士の子として生まれ、親戚の旗本佐々木家の養子となります。


 神道無念流を学び、「小太刀をとっては日本一」と称される剣の達人だったそうで、文久3年(1863)に清河八郎により将軍家茂上洛警護として結成された浪士組に参加しますが、清河八郎の目的が尊王攘夷だと知ると隊を離れて江戸に帰還します。


 (清河と別れて京都に残ったグループは新選組となりました。)

 その後、只三郎は江戸に浪士組を引き連れて帰ってきた清河八郎を斬殺しています。

 文久4年(1864)には、旗本を中心に組織された京都見廻組の与頭として再び京都に行き、新選組同様、治安維持活動を行いました。

 慶応3年(1867)に、近江屋で坂本龍馬・中岡慎太郎が暗殺されますが只三郎率いる見廻組が犯人であるという説が有力です。


 慶応4年に鳥羽伏見の戦いに幕府側として参戦し負傷。和歌山で亡くなりました。現地にあった墓石を昭和50年に移設したそうです。




Dsc_2352 Dsc_2351_2

佐々木只三郎の墓




会津武家屋敷には、この他にも様々な建物があります。


 現矢吹町から移設した「旧中畑陣屋」や、鶴ヶ城に現存する千利休の子、少庵により建てられた茶室「麒閣」の再現。かつて西郷頼母邸にあった菅原神社を再建した「会津天満宮」等、貴重な史跡を見ることができます。




Dsc_2342 Dsc_2345

旧中畑陣屋




Dsc_2348 Dsc_2353

鶴ヶ城にある麒閣を再現(左)と西郷邸にあった菅原神社に由来する「会津天満宮」


  福島県会津若松市東山町大字石山院内




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| 幕末・明治維新 | 06:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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