烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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明治30年代の方円社大阪分社

 囲碁会では明治12年に村瀬秀甫や中川亀三郎、小林鉄次郎らによって「方円社」が設立されると、明治という新しい時代の波に乗って、目覚ましい発展を遂げます。
 社長の秀甫は大阪での「方円社」の勢力拡大を目指して井上門下で大阪で活躍した中川順節の弟子である泉秀節へ大阪分社設立の依頼をします。しかし、その直後に秀甫は病死したため中川や小林が改めて依頼して明治20年に念願の「方円社大阪分社」が設立されました。設立にあたり小林鉄次郎が社長、泉秀節が副社長を務めています。
「方円社大阪分社」の場所について調査したところ、明治33年発行「囲碁段級人名録」では道修町4丁目65番地と記載されていました。大阪分社は開設の二年後に泉秀節の自宅へ社屋を移したとあり、その住所と思われます。現在、道修町は3番地までしかありませんが当時の地図を見ると道修町の中で、現在の御堂筋から東側近辺が4丁目となっていました。番地まで分かっていたので、もっと絞り込もうと思ったのですが訪問までに資料が集まらなかったので特定できませんでした。おおまかに言うと御堂筋の、道修町3丁目交差点近辺にあったものと推定できます。

Imag3339
道修町3丁目交差点

Imag3338
交差点から東側を眺める

大阪府大阪市中央区道修町3丁目

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