烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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天寧寺~近藤勇の墓

 会津若松市郊外にある天寧寺は、文安4年(1447)に会津地方を支配していた蘆名氏により創建された曹洞宗の寺院です。蘆名氏の菩提寺として栄え、末寺33カ寺、僧堂12を数える大きな寺だったそうです。



 天正17年(1589)に伊達政宗の侵攻により蘆名氏は敗退。天寧寺も焼失してしまいます。後に寺は再建しますが、かつてのような規模を取り戻すことはありませんでした。



 天寧寺には新選組局長・近藤勇の墓があります。新選組は会津藩主・松平容保が京都守護職のときに、その配下として京都の治安維持にあたった繋りがあり、戊辰戦争でも土方歳三らが合図城の攻防で会津藩と共に戦っています。



 墓は京都でさらされていた近藤の首が密かに持ち込まれたとか、遺髪が持ち込まれたとか言われていて土方歳三が滞在中に建てられたそうです。



 墓所にはこの他、戊辰戦争時の国家老・萱野権兵衛国の墓があります。鶴ヶ城内の顕彰碑について以前ブログで説明しましたが、敗戦後の城明け渡し等の処理を行う一方、藩主・容保の助命を働きかけ、戦争責任を一身にかぶり切腹しています。



  



Dsc_2302
天寧寺本堂



                    
                
Dsc_2305
境内案内図。左上が近藤勇の墓



 



Dsc_2306
案内板



 



 取材で現地を訪れたのですが墓は本堂裏の山の中腹にあり徒歩10分以上かかるそうです。時間都合によりやむなく案内板のみの撮影となりました。



 



福島県会津若松市東山町石山天寧208

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| 幕末・明治維新 | 06:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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