烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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尾高城跡

 山中鹿之助が末吉城で捕えられた時、中国地方最大の山、大山の麓にある尾高城に幽閉されました。尾高城は別名、泉山城とも呼ばれ、江戸時代に入り、中村一忠が米子城を築城するまで伯耆国西部の拠点でした。
 尾高城の牢に閉じ込められた鹿之助は大物であったため厳重に監視されます。彼は捕らわれて間もなく「下痢だ」といって便所通いをます。その度に警護の侍も、ついて行きましたが、日に何回も通ったので、最後には一人で行かせます。この機会を待っていた鹿之助は、便所からの脱出し、再び毛利へ戦いを挑んでいくことになるのです。



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尾高城跡



 尾高城跡である「シャトーおだか」の駐車場付近に「杉原盛重居城跡」の碑があります。盛重は毛利方の武将で鹿之助と戦いを繰り返したライバルでした。一時、尾高城主として入城していました。



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尾高城跡と「杉原盛重居城跡」の碑




 尾高城跡:鳥取県米子市尾高2377  シャトーおだか

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