烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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七日町通り

 国道252号線のJR只見線七日町駅から野口英世青春通りと交差するあたりまでは「七日町通り」と呼ばれています。江戸時代には、日光、越後、米沢街道の主要道路が通り、城下の西の玄関口として問屋や旅籠、料理屋が軒を連ねていました。昭和30年代以降、一時衰退していましたが、現在は大正浪漫漂う通りとして復活し観光客で賑わっています。



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七日町通り沿いにある渋川問屋。江戸時代、会津に入る海産物を一手にあずかっていました。



二・二六事件で唯一民間人として参加し銃殺された渋川善助は渋川問屋の長男で、建物内には彼が過ごした部屋が保存されています。取材のために訪れた三島由紀夫により「憂国の間」と名付けられました。         



  ( 福島県会津若松市七日町3-28)





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白木屋資料館。大正2年建築の洋館で会津塗りの資料館。      



  (会津若松市大町1‐2‐10



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