烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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清水屋旅館跡

 七日町通り沿いの大東銀行会津支店に「清水屋旅館跡」という碑が建っています。


 清水屋は幕末から大正にかけて営業していた旅館で多くの歴史上の有名人が宿泊しています。


 長州で多くの志士を育てた吉田松陰は嘉永5年(1852)に東北地方を遊学しますが、会津では藩校・日新館を二度訪れています。この時に宿泊先として利用したのが清水屋だそうです。


 明治2年(1868)に勃発した戊辰戦争では、新選組副長・土方歳三が宇都宮城での攻防で足を負傷し、清水屋に運ばれて治療を受けています。約3ヶ月、会津に滞在しますが会津戦争の敗色が濃厚となると仙台、函館と転戦していきました。


 明治15年には、今年の大河ドラマ「八重の桜」の主人公・新島八重と夫の新島襄夫妻が会津を訪れ清水屋に泊まっています。八重は明治4年に兄・山本覚馬を頼って京都に上洛していて約10年ぶりの帰郷でした。清水屋には約1ヶ月宿泊したといわれています。


清水屋旅館は木造三階建ての純日本旅館でしたが昭和の初めに取り壊されたそうです。



Dsc_2273 Dsc_2275
清水屋旅館跡(現:大東銀行会津支店)
               



Dsc_2274
案内板




  福島県会津若松市大町一丁目1-38

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| 幕末・明治維新 | 07:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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