烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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阿弥陀寺~新選組三番隊隊長・斎藤一の墓

 七日町通りにある阿弥陀寺は慶長8年(1603)創建の浄土宗の寺院です。
 戊辰戦争では会津方の戦死者は埋葬が許されず風雨にさらされていましたが、幾度もの嘆願により、ようやく埋葬が許可され、阿弥陀寺の境内には1300名の遺骸が埋葬されたそうです。

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阿弥陀寺境内(左)と本堂(右)

 阿弥陀寺の本堂は戊辰戦争により焼失してしまいました。
 そこで、明治3年に鶴ヶ城本丸にあった「御三階」を移築して仮本堂としたそうです。
 「御三階」は外観は3階建てですが内部は四層構造となっていて物見として使われていた他、3階へ上がる梯子が上から引き上げる構造であることから密議の場所としても使用されたと考えられています。
 また、玄関に取り付けられた唐破風は鶴ヶ城本丸御殿の玄関にあったものを合わせて移設したそうです。

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鶴ヶ城の遺構「御三階」(左)と本丸御殿にあった唐破風(右)

 境内には新選組三番隊隊長・斎藤一(藤田五郎)の墓があります。
 昨年、実写化で映画が上映された漫画「るろうに剣心」で江口洋介が演じていた人物です。
 御家人の息子として生まれた斎藤は19歳の頃に江戸で旗本と口論となり相手を斬殺したため京都に逃れたといわれています。京都では壬生浪士組(後の新選組)結成に参加し副長助勤(組長)に抜擢されます。新選組では沖田総司・永倉新八と並ぶ剣の達人で剣撃師範を勤めました。
 謎の多い人物で新選組参謀の伊藤甲子太郎が思想の違いから隊士を引き抜いて御陵衛士を結成すると、それに参加します。しかし、再び新選組に戻り、伊藤は暗殺された事からスパイとして活動していたと考えられています。
 戊辰戦争では捕らえられて処刑された近藤勇、宇都宮城の攻防で負傷した土方歳三に代わり斎藤が新選組を率います。会津にて新撰組は新政府軍と激戦を繰り返しますが敗色濃厚となると土方は仙台へと転戦します。しかし、斎藤はあくまで松平容保を守るべきだと主張し新撰組は分裂しました。
 会津へ残った斎藤は敗戦後に幽閉されますが、会津藩士の娘と結婚し、名も藤田五郎と改めます。やがて東京へ戻った藤田は警視庁に入り、西南戦争にも従軍しました。
 大正4年に72歳でなくなりましたが遺言により戊辰戦争の戦死者が多く眠る阿弥陀寺に葬られました。

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斎藤一の墓(左)と案内板(右)


福島県会津若松市七日町4-20

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| 幕末・明治維新 | 05:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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