烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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吉祥寺 赤穂義士の墓

 大阪の天王寺区にある吉祥寺は寛永7年(1630)創建の曹洞宗の寺院です。創建当時の住職が赤穂藩主・浅野主匠頭長矩と親しかったため、この寺は大坂における浅野家の菩提寺となります。長矩は参勤交代の折には必ずこの寺院に立寄ったといいます。
 元禄15年12月14日(1703年1月30日)に大石内蔵助率いる赤穂義士が主君・浅野長矩の仇である吉良上野介の屋敷に討ち入り殺害した、元禄赤穂事件が発生すると、翌年2月に義士達は切腹しましたが、足軽の寺坂吉右衛門が義士達の遺髪、遺爪、鎖かたびら等に銀10両を添えて吉祥寺に彼らの冥福を祈る碑を建ててくれるよう依頼します。浅野本家広島藩の意向もあって、元文4年(1739)に江戸や赤穂よりも早く墓が建立されています。
 かつての吉祥寺は、中之島常安橋北詰にあった赤穂藩蔵屋敷門を山門として移築し、長矩候揮毫の扁額や義士の遺品などが残されていたそうですが昭和20年の大阪大空襲で灰燼に帰し、残ったのは墓石のみだったそうです。現在の寺は戦後に再建されたものです。




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大石内蔵助像




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赤穂義士像



 墓は中央に浅野内匠頭の墓である五輪塔があり、その右隣に大石内蔵助の墓、左側が大石主税の墓がありまる。更にその周囲を44士の戎名などを刻んだ玉垣が取り囲んでいます。



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浅野内匠頭と赤穂義士の墓




大阪府大阪市天王寺区六万体町1-20


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