烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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伊達政宗公生誕地について

 独眼竜の異名で有名な伊達政宗は永禄10年(1567)に米沢城で生まれました。
 政宗は、天正12年(1584)に18歳で家督を継ぎ、米沢城主となります。天正17年(1589)には会津の蘆名氏を攻め滅ぼし、南奥州の覇権を握り会津黒川城(会津若松城)に居城を移しますが、豊臣秀吉は、これを認めず伊達家の所領は没収となり、天正19年(1591)岩出山城(宮城県大崎市)に転封となりました。


 伊達家統治時代の米沢城も上杉時代と同じ場所にあったと考えられていて松岬公園内の上杉謙信祠堂のあった高台の麓には「伊達政宗公生誕地」の碑が建立されています。



Dsc_2011

米沢城址(松が岬公園)内の伊達政宗公生誕地碑



 従来、伊達氏が統治していた頃の米沢城は現在の城跡と同じ場所と考えられていましたが、当時の書物に城は山の上にあったという記述もあり平城である現在地とは別の場所にあったという説があります。


 米沢市の南西部にある舘山城跡は、小樽川と大樽川が合流する小高い丘陵地にあることから、伊達時代に戦いの拠点とされていたのではないかと考えられています。
 城の主郭は全長約350mで、土塁や曲輪、物見台、堀切の跡が確認され、大規模な山城であった事が判明しています。


 現在、史跡指定を目指して発掘調査が実施されていますが、日常生活が行われていた痕跡も見つかり、舘山城が政宗が生まれた当時の伊達氏の居城ではないかと注目が集まっています。



                  
Dsc_2112


政宗の生誕地候補として注目の集まる舘山城跡




  舘山城跡:米沢市舘山町

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