烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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鷹山公の隠居所「餐霞館遺跡」

 餐霞館(さんかかん)は上杉鷹山が隠居後に暮らした屋敷の名称です。
 天明5年(1785)に鷹山公は35歳で隠居し、家督を養父重定の次男治広に譲りました。この時に藩主の心得として有名な「伝国の辞」を記しています。以降、米沢城三の丸に建築した餐霞館で72歳で亡くなるまでの38年間藩政改革を指導しました。
   餐霞館は約3000坪の敷地に40あまりの部屋がある広大な建物でしたが、鷹山公は藩主時代と等しく質素な生活を心がけたそうです。  名前の由来も、仙人のように霞を食べ清貧の生活を営む住居という意味で、城の南に位置するので「南亭」とも呼ばれました。
   鷹山公の「なせば成るなさねば成らぬ何事も成らぬは人のなさぬなりけり」という言葉が壁に描かれていたそうです。
   



Dsc_2033_2 Dsc_2031
餐霞館遺跡 


 餐霞館は鷹山公の死後、分家の住居となっていましたが明治以後に一部が公園となり、昭和45年に200年を記念して顕彰碑が建てられました。




Dsc_2034  Dsc_2035

鷹山公の顕彰碑




  山形県米沢市城南1

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| 江戸時代 | 05:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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