烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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履中天皇 百舌鳥耳原南陵

 大阪府堺市の仁徳天皇陵の南西にある「百舌鳥耳原南陵」は全長約365mの日本で3番目に大きな前方後円墳です。被葬者は仁徳天皇の第一皇子で第17代天皇の「履中天皇」であるとされています。ただ、古墳が造られたのは近年の調査により仁徳天皇陵より前であることが分かっています。
 仁徳天皇87年に仁徳天皇が崩御すると、履中天皇の弟・住吉仲皇子が皇位を狙って反乱を起こしますが、もう一人の弟の瑞歯別皇子(後の反正天皇)に命じてこれを誅殺し、履中天皇元年に即位します。蘇我氏、物部氏らを登用して国政にあたりますが、履中天皇6年に病気のために崩御しました。「日本書紀」では70歳、「古事記」では64歳、「神皇正統記」には67歳であったと記されています。時期は西暦でいうと400年代前半になります。




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拝所入口


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拝所


大阪府堺市西区石津ヶ丘



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