烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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米沢藩校・興譲館跡

 東北を訪れた際に米沢市内のホテルに一泊しましたが、ホテルの近くに米沢藩校・興譲館跡の碑があったので行ってみました。


 米沢藩では元禄10年(1697)に四代藩主・上杉綱憲により学問所が開設されますが、このころより財政が逼迫し、やがて廃止されます。


米沢藩中興の祖である 9代藩主・上杉治憲(鷹山)は財政難に陥った藩を再建するには人材の育成が大切であると藩校を復活し「興譲館」と名付けました。


 「興譲館」は幕末まで米沢藩の教育機関として残り、現在は山形県立米沢興譲館高等学校となっています。


 余談ではありますが学問所を開設した上杉綱憲は養子として上杉家に入っていますが、実父は忠臣蔵で殺害された吉良上野介です。(上野介の正妻で綱憲の実母が二代藩主・上杉定勝の娘)


 また、綱憲の娘が筑前秋月藩・黒田長貞へ嫁ぎ、孫として鷹山が生まれました。つまり、上杉鷹山は吉良上野介の子孫となるのです。




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興譲館跡記念碑




 山形県米沢市中央2丁目3−14 サウンド・スタジオ米沢中央店 横

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