烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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法泉寺

 白子神社から西に100mほど離れたところにある法泉寺は元和4年(1618)に直江兼続によって創建された寺院です。



 法泉寺は初め禅林寺という名前で、兼続が足利学校で学ばせていた九山禅師を呼び寄せ、境内に米沢藩最初の学問所「禅林文庫」を開設しました。学問所に備えられた兼続や九山禅師が集めた蔵書は、上杉鷹山が創設した興譲館へと受け継がれ、現在でも貴重な文化財として残っています。
      また、境内にあった庭園は九山禅師が京都天竜寺の名園を模して造った米沢三大名園の一つです。
 現在は、境内の中央に道路が通り、南側に本堂、北側に文殊堂・庭園と分かれています。



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法泉寺本堂




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庭園内の文殊堂(左)と法泉寺庭園(右)




 境内には兼続が学問所開設を喜び詠んだ漢詩の碑が建立されています。


 上杉鷹山公は法泉寺庭園にて盛大な詩会を開催しています。この時に鷹山公が詠んだ詩が碑となって庭園内に建立されていました。




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直江兼続詩碑(左)と上杉鷹山公の詩碑(右)




 庭園内に雲井龍雄の詩碑がありました。雲井は米沢出身の幕末の志士です。江戸末期の儒学者・安井息軒の私塾で桂小五郎らも門下生であった「三計塾」で塾頭を務め,幕末の混乱期に大政奉還実現に向けて活躍しました。


 戊辰戦争では薩長の横暴を非難する漢詩「討薩檄」を作成したため米沢にて謹慎しています。


 明治2年には新政府の立法機関である集議院議員に選ばれますが、戊辰戦争時の行動を問題にされて追われます。


 その後、旧幕臣達の帰順を嘆願する活動を行いますが、政府転覆を企む謀反とみなされ逮捕され小伝馬町にて処刑されました。


 雲井は漢詩の才能にも恵まれ、その詩集を明治時代の自由民権運動の活動家達が愛読していたそうです。




Dsc_2060

雲井龍雄の詩碑




 法泉寺ではこの他に吉良上野介の正妻・参姫の墓。直江兼続と親交のあった石田三成の供養塔等があるそうですが、うかつにも写真を撮らずに帰ってしまいました。機会があれば再訪問したいものです。





  山形県米沢市西大通1-3



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