烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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泉岳寺

 港区高輪2丁目の泉岳寺は、「忠臣蔵」で有名な赤穂藩主浅野内匠頭の墓、および、元禄15年(1702)に、本所の吉良邸に押し入り吉良上野介を討取り、切腹となった赤穂浪士の墓がある事で有名です。
 泉岳寺は、慶長17年(1612)に徳川家康により外神田に創建されましたが寛永18年(1641)に寛永の大火で焼失します。その後、徳川家光の命で毛利・浅野・朽木・丹羽・水谷の5大名により、現在地へ再建されました。




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泉岳寺入口の四十七義士の碑(左)と中門(右)



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山門(左)と本堂(右)



 赤穂浪士の墓所へ向かう途中、忠臣蔵にゆかりのある物を多数、見ることが出来ます。
 まず、目を引くのは境内に設置された大石内蔵助像です。改めて言うまでもなく、赤穂藩の筆頭家老で四十七士を率いた人物です。



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大石内蔵助像



 境内に、天野屋利兵衛の碑が建立されています。利兵衛は元禄時代の商人で、忠臣蔵では武器を調達する等、赤穂浪士を支援した人物として描かれています。ただし、実際の利兵衛は討ち入りに全く関わっていなかったそうです。
 墓所手前にある「瑶池梅」は、義士の墓守りをした堀部妙海法尼が、浅野内匠頭の婦人、瑶泉院から賜った鉢植の梅を、この地に移植して育てたものです。



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義商天野屋利兵衛浮図碑(左)と瑶池梅(右)



 「血染め石」と「血染め梅」は浅野内匠頭が切腹した、奏者番で陸奥一関藩主の田村建顕邸の庭にあったものだそうです。
 「首洗いの井戸」は、浪士により打たれた吉良上野介の首を、ここで洗ってから浅野内匠頭の墓前へ供えたと伝えられています。なお、井戸を囲う石の柵に「川上音二郎」の名が刻まれています。「川上音二郎」は明治期に「オッペケペー節」で一世を風靡した、新派劇の創始者で、婦人は日本初の女優・貞奴です。



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血染の石と梅(左)と首洗の井戸(右)




 東京都港区高輪二丁目11番1号

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