烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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八坂神社

 八坂神社は、京都を代表する神社の一つで、全国にある八坂神社や素戔嗚尊(スサノオ)を祭神とする約2,300社の総本社です。通称「祇園さん」と呼ばれ、京都三大祭りの一つ「祇園祭」でも知られています。
 八坂神社は慶応4年(1868)に神仏混交禁止で改称するまで、「感神院」または「祇園社」と呼ばれていました。創建については諸説ありますが、斉明天皇2年(656)に高麗より渡来した使節の伊利之(いりし)が釈迦の生誕地「祇園精舎」の守護神「牛頭天王」を山城国愛宕郡八坂郷に祀ったことに始まるといいます。
 八坂神社は「産土神」として時の権力者の庇護を受けています。平安時代には、藤原基経が邸宅を寄進、道長もたびたび参詣したといいます。
 延久4年(1072)には後三条天皇が行幸され、以後、天皇・上皇の行幸がたびたび行われています。
 また、武家の崇敬もあつく、平清盛の田楽奉納・源頼朝の狛犬奉納、足利将軍家の社領の寄進・修造が行われ、豊臣秀吉は母大政所の病気平癒を祈願し、一万石を寄進。戦国期に荒廃した神社の再興を行います。
 また江戸時代には幕府から厚い庇護を受け、徳川家康は社領を寄進、家綱は現存する社殿を造営するなどしています。



 西楼門は本殿の西方、四条通りの突き当たりに建ち八坂神社を象徴する建物です。
現在の建物は明応6年(1497)に再建されたものですが、大正2年に道路拡張のために移設し、この時に翼廊を建てて現在の形となりました。



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西楼門



 一般の神社では本殿と拝殿は別棟で建てられていますが、八坂神社では1つの入母屋屋根で覆われていて「祇園造」と呼ばれています。現在の社殿は、承応3年(1654)に徳川家綱が再建したものです。



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本殿



 舞殿では奉納行事の他、結婚式も行われています。



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舞殿



八坂神社の門といえば西楼門が有名ですが、実は正門は南楼門なのです。慶応2年に火災に逢い、明治12年に再建されたものが現代の南楼門です。



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南楼門



 南楼門の門前脇に井戸があります。この場所には明治初年まで「藤屋」という茶店があり、井戸の清水を沸かして参拝者に提供していました。延長3年(925)に、時の醍醐帝を含む多くの人々が疱瘡にかかり苦しみますが、空也上人が八坂神社へ参拝し病気平癒を祈念した際、井戸の清水を用いた白湯を人々に施し病が癒されたと言われています。



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空也上人ゆかりの井戸




京都府京都市東山区祇園町北側625



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