烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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伊藤松和邸跡について

 以前紹介した本因坊の門人で天保四傑の一人、伊藤松和のお玉が池にあった屋敷跡へ行ってみました。以前の調査で岩本町2丁目3の明治鋼業ビルがある区画がその場所だったと判明しましたが、その後の調査により区画の中でも西よりで、首都高にもかかっていることがわかりました。
 明治鋼業ビルには「史蹟 北辰一刀流 千葉周作先生 玄武館道場跡 神田お玉ヶ池畔」というプレートがありました。
 ここに道場があったという意味ではなく、道場があったお玉が池の、ここも周辺だという意味なのでしょう。
 お玉が池の屋敷では松和は多くの人々に囲碁を教え賑っていましたが屋敷は火災により焼失。その後、上野山下に転居し、こちらでも繁盛したため、明治維新後も伊藤は生活に苦労することはなかったといいます。 伊藤松和は明治11年(1878)に亡くなっています。

明治鋼業ビル
明治鋼業ビル

玄武館跡のプレート
玄武館跡のプレート

伊藤松和邸跡
伊藤松和邸跡。明治鋼業ビルの西には新しくマンションが建築されました。

千代田区岩本町2丁目3-11 明治鋼業ビル

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