烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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大沢銀次郎邸の跡

 湯島、外神田近辺には、明治時代に多くの棋士たちが住んでいました。明治33年に方円社が刊行した「囲碁段級人名録」によると、当時五段の大沢銀次郎と石井千治(二代目中川亀三郎)は「本郷区湯島三組町80番地」に住んでいたと記載があります。石井はもともと茨城県に住んでいましたので、東京に出て大沢邸で同居していたということでしょうか?
 大沢銀次郎は、9歳のときに病のため耳が不自由になり、しゃべる方にも影響にも影響していましたが、そんなハンディに負けず安井算知の門下に入り頭角を現すと、明治20年に安井家、方円社双方から五段の免状を受けています。

囲碁段級人名録(明治33年)
囲碁段級人名録(明治33年)

 大正元年の地図で場所を調べてみると湯島三組町は現在の湯島3丁目。屋敷があった番地は南東の端、五軒町との境界にあったようです。この町の境界は、現在そのまま湯島3丁目と外神田6丁目の境界となっていて場所を特定することが出来ました。

大沢銀次郎邸の住所
大沢銀次郎邸の住所

大沢銀次郎邸跡
大沢銀次郎邸跡

本郷区湯島三組町80番地(現:文京区湯島3丁目8−1、9−3、9−5)
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