烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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宮本武蔵生家跡

 宮本武蔵は天正12年(1584)に新免無二の子として生まれますが、新免無二とは室町時代中期以降、美作国を支配した新免氏の家老の平田武仁のことであると考えられています。
 生家である平田家の屋敷跡は、もともと約60m四方の大きな構の中に立つ大きな茅葺の家で、“宮本の構”と呼ばれていましたが、昭和時代に火災により焼失。昭和17年に現在の瓦屋となっています。ただ、大黒柱の位置は昔と変わらない位置と伝えられています。宮本武蔵生家跡は昭和34年に「岡山県史跡」に指定されています。

宮本武蔵生家跡
宮本武蔵生家跡

 宮本武蔵生家跡の前にある「宮本武蔵生誕地碑」の碑文は、元熊本藩主細川護成侯爵の書で、裏面には、武蔵の略歴が刻まれています。
 武蔵終焉の地、熊本県の宮本武蔵顕彰会が当地を訪れ武蔵生誕の地であると確証し、それを記念して明治44年に建立したそうです。

宮本武蔵生誕地碑
宮本武蔵生誕地碑

 宮本武蔵生誕地碑の隣りにも、様々な碑が建立されています。小説「宮本武蔵」を執筆した吉川英治の謝恩碑や、武蔵の研究家、 福原浄泉の謝恩碑もありました。

生家跡前の碑
生家跡前の碑

吉川英治の碑
吉川英治の碑

 宮本武蔵生家跡に「宮本武蔵追善菩提」が建立されています。没後350年を記念して平成に入ってから建立されたものだそうです。

宮本武蔵追善菩提
宮本武蔵追善菩提

岡山県美作市宮本946
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