烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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明治村四丁目の建物 1

 明治新政府は列強国の軍事的脅威に対抗するため、軍事力についてフランスの方式を取り入れ近代化を図っていきます。
 陸軍は明治4年(1871)に東北から九州まで四分割し、各区域に鎮台が置かれます。二年後には広島と名古屋にも鎮台が設けられ、各鎮台のもとに歩兵聯隊が設置されますが、名古屋鎮台は名古屋と金沢に分かれ、名古屋に置かれたのが「歩兵第六聯隊」です。
 政府は軍の組織や訓練方法だけでなく、兵舎等の建物についてもフランスの技術を導入し、明治6年(1873)に建てられた「歩兵第六聯隊兵舎」についても、耐震、耐火に優れた頑丈な構造となっています。
 明治村に移築された建物は、方形の営庭を囲んでいた兵舎のうちの一棟で、もとは50mほどあったそうですが、移築にあたり約三分の二のみ移されたそうです。
 なお、創建当時、窓は現在の半数くらいだったそうですが、後に室内を明るくするために増設されているとのことです。

歩兵第六聯隊兵舎
歩兵第六聯隊兵舎

展示物
展示物

 明治10年(1877)に勃発した西南戦争の際、敵味方の区別なく傷病兵の救護に当たった博愛社は、明治19年(1886)政府がジュネーブ条約に加盟したのを機に、「日本赤十字社」と名を改めています。その際、皇室より渋谷の御料地の一部と建設資金が下賜され、同23年に病院が建設されています。
 設計は、赤坂迎賓館を設計した片山東熊によるものですが、迎賓館とは異なり、大変、落ち着いた建物となっています。しかし、目立たないところに手の込んだ透しがあるなど、様々な工夫が施された建物です。

日本赤十字社中央病院病棟
日本赤十字社中央病院病棟

病院の正面を飾る額
病院の正面を飾る額

内部
内部

明治村:愛知県犬山市字内山1番地
  日本赤十字社中央病院病棟 : 4丁目35番地
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| 明治・大正時代 | 07:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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