烏鷺光一の「囲碁と歴史」

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

棋聖戦対局地 西園寺公望別邸「坐漁荘」

 明治3年(1870)から10年間、フランスで法学を学んだ西園寺公望は、伊藤博文の腹心として明治政府で各国公使、各大臣を歴任。明治39年(1906)に内閣総理大臣に就任しています。
 「坐漁荘」は西園寺公望が政治の第一線から退いた後の、大正9年(1920)に駿河湾、清水港近くの海岸に建てた別邸で、旧東海道に沿って建てられた純和風建物でしたが、強い海風に耐えられるよう、鉄筋の水平筋違いが用いられるなど当時の新しい技術も用いられた建物です。
 「坐漁荘」の由来は「なにもせず、のんびり坐って魚をとって過ごす」という意味がこめられていたそうですが、ここで暮らしていた西園寺のもとへは、事あるごとに政治家が訪問するなど、その思いとは異なる生活を送っていたそうです。

 ところで、「坐漁荘」では、平成27年(2015)1月19日から20日にかけて第39期棋聖戦七番勝負の第4局が行われています。井山裕太棋聖と挑戦者、山下敬吾九段との間で行われたタイトル戦は、それまで井山棋聖の三連勝でしたが、「坐漁荘」での対局で山下九段が初勝利すると3勝3敗で最終局までもつれ込み、最終的に井山棋聖が防衛に成功しています。

西園寺公望別邸「坐漁荘」
西園寺公望別邸「坐漁荘」

説明板
説明板

明治村:愛知県犬山市字内山1番地
  坐漁荘 : 3丁目27番地
スポンサーサイト

| プロ対局 | 07:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。