烏鷺光一の「囲碁と歴史」

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

森鴎外・夏目漱石住宅

 明治村に、以前紹介した、東京都文京区千駄木町(現:文京区向丘2丁目)にあった、夏目漱石が「吾輩は猫である」を執筆した当時の住宅が移築しています。
 住宅は、明治20年(1887)頃、医学士中島襄吉の新居として建てられた、当時のごくありふれた建物で、空家となっていた、明治23年に森鴎外が借りて住み、一年余りここで過ごしています。更に、明治36年(1903)から同39年までは夏目漱石が借りて住んでいたそうです。

森鴎外・夏目漱石住宅
森鴎外・夏目漱石住宅

 鴎外は、ここに移り住む直前に、処女作小説「舞姫」を発表、この家では「文づかひ」等の小説を執筆し、文壇の道に進んでいます。
 夏目漱石は、ここで「吾輩は猫である」を発表、その文中に登場する家の様子は、猫のためのくぐり戸など、この家の様子が描写されているそうです。

縁側
縁側

 二人の文豪が相次いで住んだ建物は、当時の典型的な中流家庭の住宅ですが、短いものの中廊下が設けられたことにより、襖で隔てるだくではない各部屋の独立が保たれ、南の面に書斎が突き出した構造は、後に洋間の応接室へと変化していき、一般庶民の住宅が洋風化していく過程を著す貴重な建築物となっています。

縁側から見る室内
縁側から見る室内

 なお、漱石は「吾輩は猫である」の他、「坊ちゃん」「草枕」等の名作を、ここで執筆しています。

室内
室内

明治村:愛知県犬山市字内山1番地 園内の1丁目9番地

【関連記事】 夏目漱石旧居跡


スポンサーサイト

| 明治・大正時代 | 07:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。