烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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勢至堂と法然上人御廟

 知恩院の本堂である御影堂の東側を更に進み石段を上がると「勢至堂」と「法然上人御廟」があります。
 知恩院の勢至堂は、本地堂とも呼ばれ、法然上人が晩年過ごし亡くなった場所であると言われ、元は知恩院の本堂でした。
 現在の建物は、享禄3年(1530)に再建されたもので、知恩院で最も古い建築物として重要文化財に指定されています。
 堂内正面に掲げられている「知恩教院」の額は後奈良天皇の宸翰で、知恩院の名の起源となっています。

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石段

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勢至堂・御廟入口

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勢至堂

 勢至堂に隣接し、さらに石段を上ったところに法然上人の遺骨を祀る御廟があります。知恩院は観光名所で、多くの観光客が訪れていますが、石段を上ってこちらまで来る人の数は少ないようです。
 長承2年(1133)に岡山で生まれた法然上人は、比叡山で天台宗の教学を学び、承安5年(1175)に、「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば、死後は平等に往生できるという専修念仏の教えを説き、浄土宗の開祖となります。
 しかし、この思想は旧来の仏教勢力の反発を招き激しく糾弾され、法然は建永2年(1207)に讃岐国(香川県)に流罪となります。4年後の建暦元年(1211)には許されて都に戻りますが、翌年の1月に80歳で亡くなっています。

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法然上人御廟

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廟の拝殿

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拝殿から見える御廟


京都府京都市東山区林下町400



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