烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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三嶋大社

 沼津から三島市へ移動し、三嶋大社へお参りしてきました。
 三嶋大社は創建時期は不明ですが、奈良・平安時代の書物にも記録が残るなど、古くから人々の崇敬を集めてきました。
 中世に入ると、伊豆に流されていた源頼朝が源氏再興を祈願。平家打倒を果たしたことから社領を寄進し厚く庇護します。
 以降、武門の神として武将たちが厚く信仰するとともに、東海道の宿場町で、下田街道の起点で伊豆地方への玄関口である三島にある伊豆国 一宮として「三嶋大明神」の名は庶民にも広く知られていきます。

 三嶋大社の入口である大鳥居は、小豆島から切り出した御影石が使用されていて、文久3年(1863)に建てられたものだそうです。

三島大社の大鳥居
三島大社の大鳥居

 現在の総門は、昭和6年(1931)に建てられたもので、前年の北伊豆地震で,それまでの門が破損し建て替えられたそうです。
 初めて台湾檜(ひのき)が使われ、昭和初期の代表的神社建築物として知られています。なお、旧総門は修復、移築され、芸能殿として使用されています。

総門
総門

 三嶋大社の神門は、慶応3年(1867)に再建された唐破風造の門です。この門より内が神域だそうです。

神門
神門

 舞殿(ぶでん)は、もともと祓殿(はらえでん)と呼ばれ神楽や祈祷が行われる場所でしたが、後に舞を奉納する場所になり舞殿と呼ばれるようになったそうです。

舞殿
舞殿

 三嶋大社の本殿は、安政元年(1854)の安政の大地震で倒壊していますが、当時の神主矢田部盛治が、幕府に復興援助を願い出て再建を開始。最終的にすべての復興が完了したのは明治2年(1869)のことだそうです。
 本殿は、奥に祭神が祀られている「本殿」、手前に参拝者が入るに「拝殿」、その間に神主がお祭りをする「幣殿」が配置され構造で、総欅造り。平成12年(2000)に、国の重要文化財に指定されています。

本殿
本殿

静岡県三島市大宮町2-1-5
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