烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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白隠禅師誕生地

 「駿河には過ぎたるものが二つあり 富士のお山に原の白隠」と歌われた臨済宗中興の祖、白隠禅師が住職を務めた「松陰寺」の近くに「白隠禅師誕生地」の碑が建立されています。
 白隠禅師は貞享2年(1686) 、原宿の長澤家の三男として生まれます。
 15才の時に松蔭寺の単嶺祖伝和尚を師として出家。19才から32才まで修行のため全国を巡り、33才で松蔭寺住職となると84才で亡くなるまで松蔭寺を中心に全国各地で真の禅宗の教えを広めています。
 碑のある場所は、旧東海道沿いに位置し、母の生家・味噌屋(みそや)があった場所で、後に父親が分家して沢瀉屋(おもだかや)を名乗ったそうです。現地には禅師が生まれた時に使用したという「産湯の井戸」が残されていました。

白隠禅師誕生地の碑
白隠禅師誕生地の碑

説明プレート
説明プレート

白隠禅師誕生地
白隠禅師誕生地

産湯の井戸
産湯の井戸

静岡県沼津市原909-2
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