烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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神楽坂と善国寺

 新宿区にある神楽坂は大久保通り交差点から外堀通り交差点の間の坂で、江戸時代から花街として発展してきました。
 明治・大正時代に隆盛を誇り、最盛期には150の料亭が軒を連ね、600人以上の芸者さんが細い路地を行き交っていたとの事です。このような花街特有の路地は現在では神楽坂にしか残っていません。



 また、文豪たちとの関わりも深い所で尾崎紅葉、泉鏡花が住み、夏目漱石、永井荷風も周辺近くに住んでいたそうで、夜な夜な神楽坂に繰り出していたといいます。
 関東大震災後は日本橋、銀座の商人達が流入し、「山の手銀座」とも言われていました。



                    
          



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神楽坂



 



 神楽坂の途中にある「善国寺」は文禄4年(1595)に馬喰町に創建され、寛政5年(1793)に現在地へ移転してきました。神楽坂は善国寺の参拝客のために茶店等が出来たことから発展してきたと言われています。



 本尊の毘沙門天像は「神楽坂の毘沙門さま」として江戸時代より人々の信仰を集めてきました。



 普段は直接見ることは出来ませんが毎年、正月・五月・九月の初寅の日に御開帳し、多くの参拝客で賑わっています。



                           
               



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善国寺の山門(左)と本殿(右)



 



 本堂前にある石虎は嘉永元年(1848)に周辺の住民により寄進されたものです。



 毘沙門天は寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻に世に現れたといわれ、毘沙門天信仰において虎は特別な意味を持ちます。そこで、全国的にも珍しい虎の像が狛犬の代わりに使われたようです。
 石虎の台座に漢字の「不」に似た記号が刻まれていますが、これは明治時代初期に、イギリスの技術で行われた測量事業で水準点として刻まれたもので、現存しているものは全国的にも少なくなっています。



                            
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善国寺の石虎(左)と台座に刻まれた水準点(右)



 



   善国寺:東京都新宿区神楽坂5-36

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