烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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駿府城と囲碁

 囲碁の愛好家である徳川家康公が築城し、天下統一後、晩年を過ごした駿府城は、囲碁界とも関わり深い場所でもあります。
 家康公が、本因坊算砂と初めて出合ったのも浜松城と言われています。家康公の記録ではじめて囲碁の記述が見れるのは天正15年のことで、家康の娘婿である新城城主・奥平信昌が、囲碁の師匠である本因坊算砂と共に、完成間もない駿府城を訪れたと記録されています。もともと囲碁について「何の役にも立たない」と考えていた家康公ですが、算砂と出合い浜松城にて日夜対局に興じていたと伝えられています。

駿府城公園
駿府城公園

 時は移り、大御所となった家康公は算砂を始めとする碁打ち衆や将棋衆を度々駿府城へ召し出し御前対局を実施。これが後に御城碁へと発展していき、慶長17年(1612)には、算砂らは幕府より俸禄が与えられ、家元制度が確立していきます。

徳川家康公像
徳川家康公像

 なお、東御門の資料館では、城内の生活の様子として、将棋を行っている場面のパネルが展示されていました。

東御門に展示されている将棋の絵
東御門に展示されている将棋の絵

駿河城公園 : 静岡県葵区駿府城公園1−1
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