烏鷺光一の「囲碁と歴史」

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

駿府城 東御門と巽櫓

 駿府城の東御門は、二ノ丸の東に位置する主要な出入口で、主に重臣たちの出入口として使用されました。二ノ丸堀(中堀)に架かる東御門橋と高麗門、櫓門、多聞櫓で構成される桝形門で、石落しや鉄砲狭間、矢狭間等をもつ桝形門は戦国時代の名残を残す実戦的な門だったそうです。
 東御門は寛永12年(1635)に天守閣、本丸御殿、巽櫓などと共に焼失し、寛永15年に再建されています。現在、復元された建物は、この寛永年間再建時の姿を再現したもので、日本の伝統的な木造工法によって復元されたものです。

 巽櫓は、駿府城二ノ丸の東南角に設けられた三層二重の隅櫓です。城の巽(辰巳)の方角に位置することから「巽櫓」と呼ばれたそうです。
 櫓は戦闘時の拠点として、敵への攻撃、武器の保管などの役目を担っています。巽櫓は東御門とともに焼失後の寛永15年に再建されていますが、幕末の「安政大地震」によって全壊。平成に入り、全国的にも珍しいL字型の形状のかつての姿が復元されています。

 東御門と巽櫓は、渡り廊下でつながっていて、現在資料館として見学できます。

東御門資料館入口
東御門資料館入口

展示物
展示物

展示物
展示物

天井の様子
天井の様子

東御門の鯱
東御門の鯱

 巽櫓に「竹千代手習いの間」が再現されています。
 家康公は天文18年(1549)、8歳の時から12年間、今川家の人質として駿府で暮らしています。家康は人質時代、今川家の軍師である臨済寺住職の雪斎和尚に学問を学んでいますが、「竹千代手習いの間」は臨済寺に残る家康が学んだ部屋をそっくり再現したものだそうです。

竹千代手習いの間(復元)
竹千代手習いの間(復元)

駿府城公園 : 静岡市葵区駿府城公園1-1
スポンサーサイト

| 江戸時代 | 07:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。