烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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浮月楼 徳川慶喜公屋敷跡

 徳川慶喜公は宝台院で謹慎後の明治2年、駿府代官所の屋敷を手に入れて屋敷とします。それが現在、料亭などで活用されている「浮月楼」がある場所で、池や庭園が当時の面影を残しています。
 20年にわたり、ここで暮らした慶喜公は、政治には一切関わらず趣味に没頭。地元の人々に「慶喜様」(けいきさま)と呼ばれて親しまれていたそうです。
 慶喜公の趣味は狩猟や写真など多岐にわたり、当時、日本に数台しかなかった自転車を乗り回し、川に落ちたという逸話も残っています。
 慶喜公は、囲碁の愛好家としても知られています。棋力は歴代将軍トップクラスだったと言われ、浮月楼では囲碁三昧の生活を送っていたそうです。

浮月楼
浮月楼

徳川慶喜公屋敷跡の碑
徳川慶喜公屋敷跡の碑

 「浮月楼」は慶喜公が静岡を去った後、料亭などとして活用され、伊藤博文や西園寺公望など様々な人々に活用されてきましたが、大火や空襲などにより三度焼失し、当時の建物は残っていません。

庭園
庭園

静岡県静岡市葵区紺屋町11-1
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