烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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山本源吉が葬られた浜松の天林寺

 曹洞宗の古刹、浜松の真徳山天林寺は、室町時代初期の文安2年(1445)に傑堂義俊禅師が亀鶴山万歳院として、引馬城近くに創建したのがはじまりとされます。現在は浜松城の鬼門にあたる中区下池川町に寺院はあります。
 現在の「真徳山天林寺」と改められたのは天正十三年(1585)の事で、丁度、徳川家康が拠点を浜松城から駿府城へ移した時期だそうです。この寺号改変について、『曳馬拾遺』(杉浦国頭著)には一つの怪奇事件が記されています。当時、黒装束の一団が境内を徘徊し、本堂の扉を破り、物を壊すなど狼藉をはたらく夜が続きます。法師や近隣の人々は狐狸の仕業ではないかと賊を追いつめ付近一帯の山狩りをすると、やはり傷を負った狐を多数見つけます。以後狐の霊を払うため寺号を改めたとされています。

山門
山門

 ところで、「浜松の源吉」として名を馳せた江戸時代の碁打ち「山本源吉」は、文政8年(1825)に亡くなり天林寺に葬られたと記録されています。
 今回、訪問してぜひ調査したかったのですが、墓所は関係者以外、立入禁止との事で、取材は断念しました。

本堂
本堂

静岡県浜松市中区下池川町27-1
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