烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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方円社初段 赤堀秀時。再訪問

 今回、久しぶりに名古屋市千種区の平和公園にある明治期の碁打ち、赤堀秀時の墓にもお参りしました。
 尾張藩士で、幕末は国事に奔走し、晩年は囲碁や俳句を楽しみながら余生を送ったと言われています。
 秀時の名は、方円社が明治27年に発行した「囲碁段級人名録」に、初段として記載されています。
 亡くなったのは明治39年(1906)で、墓石には「棋楽亭社中有志者建之」と刻まれていました。
 秀時の墓の隣りには、長男・秀堅の墓がありましたが、囲碁と関係あったかは分かりませんが、亡くなったのは明治31年で享年37歳。秀時より先に亡くなり墓は秀時が建立したと記されていました。

赤堀秀時の墓
赤堀秀時の墓

戒名は『秀林院響玉日時居士』
戒名は『秀林院響玉日時居士』

棋楽亭社中有志者建之
棋楽亭社中有志者建之

囲碁段級人名録(明治27年)・初段
囲碁段級人名録(明治27年)・初段

秀時の長男、秀堅の墓
秀時の長男、秀堅の墓

愛知県名古屋市千種区平和公園 長栄寺墓地

【関連記事】 明治期の碁打ち 赤堀秀時
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