烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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増上寺 徳川家墓所

 以前紹介した増上寺の徳川将軍家墓所には6名の歴代将軍が埋葬されていますが、普段は非公開で、時折特別公開されています。なお、今年は4月より毎日公開されているようです。(10:00~16:00、定休日火曜日、大人500円 )

墓所入口
墓所入口

 かつての徳川家霊廟は、現在の大殿南北に建ち並ぶ壮麗なものだったそうですが戦災で焼失し、昭和33年より調査を行った後、現在地に移転しています。その際、発掘された土葬の遺体は、詳細に調査が行われた後、荼毘にふされて改葬されています。
 調査結果は「骨は語る 徳川将軍・大名家の人びと」という本で発表されていますが、二代秀忠公は血液型はO型、推定身長は157.6cm。六代家宣公は細面で鼻筋が通った美男で、身長も当時としてはやや高い160.0cm。脳性麻痺による言語障害があったと考えられている七代家重については、歯の摩耗具合から脳性麻痺の症状として知られる歯ぎしりを行っていたと推定されています。
 14代家茂は血液型はA型で、身長は156.6cm。羊羹、氷砂糖、金平糖、カステラなど、甘いものが大好きだったと言われ、歯には多くの虫歯が見つかっています。この虫歯が家茂の体力を奪い、脚気衝心も重なり亡くなったのではないかとも言われています。
 家茂に嫁いだ皇女和宮の棺を開けたとき、中から家茂と思われる男性の写真乾板が副葬品として見つかりましたが、空気に触れたことから画像は失われてしまったそうです。

墓所の門
墓所の門

 歴代将軍の墓と並んで建っている合祀塔には、家光公第三子で家宣公の実父である徳川綱重をはじめ、家光公側室で五代綱吉公の生母桂昌院、十一代家斉公正室広大院、家宣公側室月光院ら歴代将軍の夫人や子女が多数埋葬されています。
 その宝塔は月光院輝子の墳墓に祀られていたものだそうです。

合祀塔
合祀塔

明治期の墓所
明治期の墓所

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東京都港区芝公園四丁目7番35号
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