烏鷺光一の「囲碁と歴史」

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

歴史の舞台となった 金杉橋

 東京都港区のJR浜松町駅の近くにある古川にかかる金杉橋へやってきました。地名の由来は,かつて暗夜に金色に光る杉によく似たセンダンの巨木があったことによるそうです。
 金杉橋は東海道が通る江戸市街の南縁にあたる場所で、付近には古くから漁民が多く住んでいました。

金杉橋
金杉橋

地名由来版
地名由来版

 現在、金杉橋の辺りには多くの屋形船が係留されていますが、江戸時代には、島流しの刑となった罪人を運ぶ遠島船の出た橋としても知られました。

金杉橋の下流側
金杉橋の下流側

 金杉橋は、赤穂浪士が吉良邸討入りを果たした後、主君浅野内匠頭の墓がある泉岳寺へ向かう際に通過した橋としても知られています。
 金杉橋の上流にある「将監橋」の近くに、浪士の一人、磯貝十郎左衛門の母が住んでいたので大石内蔵助は磯貝に立寄って暇乞をしてくるように勧めましたが、磯貝は兄に迷惑がかかるからと立寄らなかったといいます。

金杉橋から臨む上流側の将監橋
金杉橋から臨む上流側の将監橋

港区浜松町2丁目と芝1丁目の間
スポンサーサイト

| 江戸時代 | 07:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。