烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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浅田飴を処方した浅田宗伯の墓

 のど飴の代名詞とも言える「浅田飴」は株式会社浅田飴が発売する、のど薬ですが、その歴史は古く、創業者の堀内伊三郎が明治20年(1887) に水飴タイプを発売した事に始まります。
 薬は幕末から明治にかけて活躍した漢方医、浅田宗伯が処方したもので、堀内は浅田のもとで働いていた人物だったそうです。
 浅田宗伯は、現在の長野県松本市出身で、医学の道を志し京都や江戸で漢方医学を学ぶ一方、頼山陽らから経書・儒学・歴史学等を学んでいます。また、大坂では大塩平八郎の門人となり陽明学を学んでいたそうです。
 幕医・本康宗円の知遇を得て頭角を現した宗伯は将軍家の典医となり、天璋院が徳川慶喜の助命を求めた書状を西郷隆盛に届けるなど活躍。維新後には宮内省侍医医師となり政府の漢方廃止政策に反対し、漢方保存に尽力するなど活躍しています。
 宗伯の墓は谷中霊園にあります。

浅田宗伯の墓
浅田宗伯の墓

谷中霊園 乙 8号 10側

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| 明治・大正時代 | 07:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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