烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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大円寺 笠森お仙と、鈴木晴信

 台東区谷中にある大円寺は、創建時期は不明ですが、大円院日梗聖人が開基となり創建、上野清水門脇から当地へ移転してきたと伝わっています。

大円寺参道
大円寺参道

本堂
本堂

 大円寺の境内には、永井荷風が碑文を書いた「笠森お仙」の碑と、「錦絵開祖鈴木春信」の碑があります。
 笠森お仙は、江戸時代中期に谷中の笠森稲荷門前の水茶屋「鍵屋」で働いていた看板娘で、明和5年(1768)ごろ、市井の美人を題材に錦絵を手がけていた浮世絵師鈴木春信の美人画のモデルとなり、その美しさが江戸中の評判となります。
 お仙見たさに笠森稲荷の参拝客が増えたと言われ、美人画以外に、手ぬぐいや絵草紙、すごろくなどのグッズが販売される当時のアイドルだったそうです。しかし、明和7年(1770)ごろ、お仙は突然姿を消し、お仙目当てに鍵屋を訪れても店には年老いた父親しかいないため、「とんだ茶釜が薬缶に化けた」という言葉が流行したそうです。一説にはお仙は地元の地主と結婚し、幸せに暮らしたとも言われています。
 「笠森お仙」の碑は、お仙を主人公とした「恋衣花笠森」という小説を書いた永井荷風により建立されました。

笠森お仙の碑
笠森お仙の碑

 お仙の美人画を描いた鈴木春信は、江戸時代中期に活躍した浮世絵師です。当時の浮世絵は、単色か、紅摺絵と呼ばれる墨摺絵に紅色や緑色、また黄色などを加えた程度の色しかありませんでしたが、鈴木は錦絵と呼ばれる多色摺りを考案。浮世絵の技術は飛躍的に発展していきます。碑は大正8年(1919)に有志によって建てられたものだそうです。

鈴木春信の碑
鈴木春信の碑

台東区谷中3-1-2
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