烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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三遊亭圓朝の墓

 山岡鉄舟により創建された台東区谷中五丁目にある全生庵には落語で名人とうたわれた初代三遊亭圓朝の墓もあります。鉄舟が圓朝の禅の師匠という縁からだそうです。
 幕末から明治時代にかけて活躍した初代圓朝は、歴代名人の中でも別格とされるほど落語が巧かったと言われ、多くの落語演目を創作。人情噺や怪談噺など、笑いが無く、講談に近い独自の世界感を築きあげていきます。二葉亭四迷は『浮雲』を書いた際、圓朝の話し方を参考にしたと言われ、明治の言文一致運動にも大きな影響を及ぼしています。
 なお、初代圓朝が数々の新作落語を発表した背景に、圓朝の師匠である2代目三遊亭圓生が、その才能に嫉妬して圓朝が演ずる予定の演目を先に演じてしまうという嫌がらせをしたため、他人が出来ないオリジナルの作品を造ったと言われています。その師匠を初め、歴代圓生の墓も圓朝の墓の隣りにありました。
 初代圓朝は怪談噺の参考にと幽霊画をコレクションしていた事で知られ、死後、全生庵に寄贈されています。毎年8月に開かれる谷中圓朝まつりでは、この幽霊画が一般公開されているそうです。

三遊亭円朝の墓
三遊亭円朝の墓

全生庵入口付近にある円朝の墓碑
全生庵入口付近にある円朝の墓碑

三遊亭円生の墓
三遊亭円生の墓

円生の墓誌
円生の墓誌

台東区谷中5-4-7
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| 明治・大正時代 | 07:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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