烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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築土神社(市谷船河原町)

 市谷船河原町に「築土神社」と言う小さな祠があります。



 「築土神社」といえば以前(2012年1月28日)にブログで紹介した平将門を祀る千代田区九段北にある神社を思い出しますが、市谷船河原町は、その飛地社となります。船河原町は築土神社の氏子で、元は平河村付近(現 ・千代田区大手町周辺)に神社とともにありましたが、太田道灌の江戸城築城により神社が田安郷(現:千代田区九段坂上)へ移転すると、町も、その近くの牛込見附付近に移転します。元和2年(1616)に徳川家康による江戸城外堀拡張により再び神社が筑土八幡神社隣地(現:新宿区筑土八幡町)へ移転した際に、同町も筑土八幡町近くの現在地へ移転しました。



 筑土神社は第二次世界大戦の空襲で焼失し、かつての境内であった千代田区九段に移転しますが、この時は船河原町は現在地に留まったことから、神社から最も遠い氏子となり飛地社を建てて祀ったそうです。



 船河原町には空襲で焼失してしまいましたが江戸時代から「堀兼(ほりがね)の井」と呼ばれる井戸があったそうです。幼い子どもを酷使して掘らせたと伝えられる井戸で説明板が神社に設置されていました。



 



Imag0061
築土神社
              



Imag0062
「堀兼の井」の説明板



 



  新宿区市ヶ谷船河原町9番地

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| 東京散歩 | 06:02 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

No title

安全は大好きだ。神話も好きだ。安全神話作りは得意で、すぐに信じられる。広めるのもたやすい。
我が国の国策 (まつりごと) は、安全神話と深く関係しているに違いない。
だが、最悪のシナリオを想定するのはひどく難しい。
これは、平和ボケのようなものか。

太平洋戦争初期に、フィリピンの米比軍はキング少将もジョーンズ少将も投降して、75000人以上の将兵の命を救った。
太平洋戦争後期に、日本軍は米空軍の飛来をゆるし、1945年3月10日未明、東京の下町の江東地区がB29約300機による空襲をうけ、死者10万をこす被害を出した。
日本人の指導者には、作戦の成否を予測する力はないのか。
人命の尊重はどのように考えられていたのであろうか。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

| noga | 2013/03/13 17:18 | URL | ≫ EDIT















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