烏鷺光一の「囲碁と歴史」

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

再び、渋沢栄一の墓へ

 久しぶりに谷中霊園にある渋沢栄一のお墓へお参りしました。
 幕末から大正時代にかけて活躍した実業家で「日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一は、明治以降の囲碁界の有力な支援者の一人でした。お墓へは、以前は塀で囲まれて近づくことが出来ませんでしたが、現在は塀が取り払われ近くまで行けるようになっています。
 以前も紹介しましたが、墓碑銘は、明治期の囲碁のトップ棋士であった杉山千和の息子で外務省官僚で書家としても有名だった杉山三郊(令吉)によるものです。
 日露戦争で旗艦三笠に掲げられたZ旗の「皇国の興廃此の一戦に在り。各員一層奮励努力せよ」という有名な言葉は、一説によると杉山が発案したものの小笠原長生が自分の発案だと東郷司令長官に上申したという説があります。
 杉山千和は安政2年に本因坊秀和より5段の免許をうけ、明治以降は方円社にて活躍しています。 囲碁以外にも漢学者で書を極めた人物として知られ三郊は父より書を学んでいます。
 今回、墓へ近づくことが出来ましたので碑文に「杉山令吉」の名を確認する事が出来ました。

渋沢栄一の墓
渋沢栄一の墓

裏側の碑文
裏側の碑文

杉山令吉の名
杉山令吉の名

 渋沢栄一の墓の脇に渋沢家の墓があります。墓誌に刻まれた名前を見ると、栄一の息子で嫡男でありながら妻子を置いて新橋の芸者のもとへ転がり込んだため廃嫡となった篤二や、篤二の息子で栄一の後継者となり、日銀総裁や大蔵大臣を歴任した敬三の名が刻まれていました。

渋沢家の墓
渋沢家の墓

【関連記事】 渋沢栄一の墓

東京都台東区谷中 谷中霊園 乙11号1側
スポンサーサイト

| 囲碁史あれこれ | 07:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。