烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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別れの橋跡、見送り坂と見返り坂

 本郷通りの三丁目交差点から東大の赤門への道は、緩やかですが坂道となっています。 ここはかつて「別れの橋」があり、坂は「見送り坂」と「見返り坂」と呼ばれていました。
 現地の説明板によると、この場所は、太田道灌の領地の境目で、所払いとなった罪人はここで放されたといいます。いつの頃か堀が造られ「別れの橋」が出来、江戸を追放された者が、 この橋を渡った後にに見返り、橋の手前で親類縁者が見送った事から「見返り坂」と「見送り坂」の名が付けられたそうです。

別れの橋跡
別れの橋跡

現地説明板
現地説明板

文京区本郷4、5
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