烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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上村邦夫九段の墓 大円寺

大円寺山門
大円寺山門

上村邦夫九段の墓
上村邦夫九段の墓

戒名
戒名

 文京区向丘にある大円寺については、以前、「八百屋お七」ゆかりの「ほうろく地蔵」や、江戸時代末期の砲術家、高島秋帆の墓を紹介させていただきましたが、墓所には平成16年(2004)に58歳で亡くなったプロ棋士、上村邦夫九段のお墓があり今回、お参りしてきました。
 上村邦夫氏は北海道北見市出身で木谷実門下の棋士でした。昭和37年(1962)に入段を果たすと昇段を繰り返し平成3年(1991)には九段に昇段。タイトルには恵まれなかったものの、高木祥一、石田章とともに「無冠の三強」と呼ばれていました。また、昭和61年にはNHK囲碁講座講師を務めておられます。
 上村九段はお酒が大変好きで、著書「囲碁史探偵が行く」で知られる福井正明九段は飲み仲間の一人だったそうです。同期入段でもあった福井九段は現在でもよくお墓参りに行っていると聞いた事があります。
 亡くなる数年前に悪性リンパ腫を宣告され、以来、厳しい闘病生活を送りながら対局戦を続けられていたそうで、「絶局」となったのは亡くなる2ケ月前に行われた52期王座戦の本戦トーナメント一回戦。相手は依田紀基名人でした。
 病身を押して予選を勝ち上がった上村九段は、これが「絶局」となる事を悟っていたそうで、相手が名人であることを心から喜んでいたといいます。対局場には病院から痛み止めを打って駆け付けるという壮絶な対局だったと伝えられています。

【関連記事】 大円寺 「ほうろく地蔵」と「高島秋帆の墓」

大円寺:東京都文京区向丘1-11-3
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