烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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高台寺の建物

 京都の高台寺境内にある霊屋は豊臣秀吉の正室である北政所(ねね、出家後は高台院)のお墓です。慶長10年(1605)に建築された建物で内部には秀吉と北政所の像が安置されていますが、北政所の像の約2メートル下に本人が葬られているそうです。




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霊屋




 遺芳庵は江戸時代の豪商・灰屋紹益が夫人の吉野太夫をしのんで建てた茶室と言われています。灰屋紹益は本阿弥光悦の甥の子で、その影響を受けて和歌や茶の湯に精通していたそうです。吉野太夫は六条三筋町の太夫で寛永三名妓の一人と言われています。和歌などに優れ、琴や琵琶なども巧みだったそうで、さらに書道、茶道や囲碁などを極めていたといいます。紹益は公卿の近衛信尋と争って太夫を身請けし,妻としています。
 遺芳庵は京都市上京区にあった紹益の屋敷跡から明治41年(1908)に移築したものですが、建築様式から、後世の人が2人を偲んで建てたものではないかという説もあります。




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遺芳庵(茶室)




 傘亭は伏見城から移築したものとされ、千利休が作った茶室とも言われています。内部の天井が竹で組まれ唐傘に似ている所からこの名があります。




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傘亭(茶室)




 傘亭と屋根付きの廊下でつながった「時雨亭」は、茶室としては珍しい2階建ての建物です。傘亭と同様に伏見城からの移築とされ、これも千利休の作と伝わっています。




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時雨亭(茶室)




京都府京都市東山区高台寺下河原町526



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